「託児」

街灯の下、マンションの出入り口、公園のベンチーーー。この街には、たぬきが多過ぎた。

「あの…余ったからちびを買い取ってもらえませんかし？」
コンビニの帰り道、マンションの灯りの下に立つたぬきの親子に声をかけられた。
この辺は公園や自然も少ない住宅地だ。
餌も少なく、カラスに普通に負ける上に群れとは別行動を取っているとなれば、
自分の能力では養いきれないと判断したのだろう。
「ふうん…余ってるんだ」
「っし…」


「ほんとはもっといたんだけど…ついこないだ、ごはん探してたら袋と一緒に2人連れていかれちゃったし…」
「回収されていってるじゃん。ゴミじゃん」
「ゴミじゃないし…たぬきだし…！」
たぬきの説明によれば、この辺はションボリの気が多く集まるため、たぬきが発生しやすいのだという。
何言ってんだコイツ。
「何人も守りきれないし…苦渋の決断し…やさしいヒトにもらってほしいし…お兄さん、やさしそうだし…」
誰にでも言ってそうな発言は無視して、
男は値踏みするように、親子たぬきを眺める。



差し出されるように親の前に立つちびたぬきでも、手を繋いでいるちびたぬきでもなく。
大事そうに、後ろに隠していたちびたぬきを取り上げる。
ちびたぬきはビックリしてジタバタを始めた。
「さわるな…」
「お、こいつ小さいのにもう喋れるじゃん」
「えッそっちじゃな…」
「だってお前が差し出してる方、見るからにアホじゃん」
親たぬきの前に立っているちびたぬきは、
左手を口の中に突っ込んでもにょもにょしゃぶしゃぶしている。
地面にまで達するヨダレがすごい。
「ｷｭ…ﾀﾇｩ…ｼﾞｭﾙ…」
「違うし…この子は生き残れなさそうだから守ってあげてほしいんだし…！」
暗にアホって言ってないか？





「じゃ、これ代金な」
レジ袋から取り出したお菓子を押し付ける。
たぬきの手じゃ開けられそうにないので、蓋もめくってやった。
渡された親たぬきは不思議そうに見つめていたが、
意を決して口に含んでみる。もちっとした口内の粘膜に、ずきりと突き刺さる感覚があった。
「かたっ…かたすぎるし…」
噛めない。でも味は美味しい…魅惑的な塩気だった。
「なんだしなんだし！これなんだし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
未知の食べ物との遭遇に、理解のキャパを超えた親たぬきがじたばたし始めた。
「じゃがりこ」
「じゃが…？」



「ちびにはもっとふやかさないとダメだし…
  もうちょっと待つし…ぺちゃぺちゃ」
「ｷｭｳｷｭｳ…ｷｭｰ！ｷｭｷｭｰ！」
「ああもう、慌てないでし…！」
アホな子しか残していないので、親ばかりが独占していると勘違いしたのか残りのちびどもはさっさとよこせと騒ぎ出す。
ぺちぺち叩かれても痛くともなんともないが、流石に親たぬきも煩わしそうだった。
「じゃ、がんばれよ」
「あっ…まってし…」
聞き終える前に早歩きでその場を去り扉を閉めて、さてどうしてやろうかなと男はわくわくした気持ちで計画を立てるのだった。




「やだし、やだし…ままのところにかえしてし…ｷｭｩｷｭｳ…」
小さくじたばたするちびたぬきの服を脱がしていく。言っとくがアレだ、そういう趣味じゃない。
「これはもう要らないな」
ハサミを取り出し、目の前で服を切り刻む。
「や…やめてし！ﾋﾟｷｭ…ｷｭｳｳｳｳ！」
まだ言葉と鳴き声が半々混じっていて、やっぱり子供なんだなと認識させられる。
「悪かったよ…じゃあこのチョコレートあげるから」
「おかしもらえるし…！？わーいし！ｷｭｩｷｭｳ♪」
…やっぱり子供なんだなと認識させられる。
秒で擦り寄ってきた。ならば、これを活かしてーーー。



「ちびは…ちびはどうしてるし！？」
数日して、ズタズタになった服をゴミに出す時に件の親たぬきに声をかけられた。
袋の中のゴミを見て、驚きの表現か、ぴょんと飛び上がる。たいして浮いていない。
「それどうしたし…！？」
「安心しろ。ちゃんと別の服着せてるよ。
   俺はやさしいヒトだからな」
ほっ…と胸を撫で下ろす親たぬき。だが先日と違い、1匹しかいない。
「ところで他のちびはどうした？あのアホそうなやつとかさ」
親たぬきはションボリと答えた。
「あいつは…落ちてるマスクを食べ物と見間違えて川に落ちたし…流れていったし…」
「もう1匹は？」
「もう1人はカラスに連れ去られていったし…ぜんめつしたし…」

「そっか。でもまたすぐ出てくるんだろ？
「っし…」
力なく頷く。精神的にかなり参っているようだった。
「さびしくて死んじゃいますし…あのちび返してくれませんかし…」
「収集車行っちゃうから」
「あっ…まってし…」
ならいっそ自分も引き取って欲しいーーーそう言いたげな親たぬきを残して男は去り、帰り道も無視してドアを閉じた。


他のちびは身体か頭、もしくはその両方が弱いせいで生き残れなかった
一緒に生まれた姉妹たちもそうだった。
それは仕方ないと思う反面、自分しかいないのは寂しかった。
自分を”まま”と慕い、ついてきてくれるちびたぬき達を、約束や規律を守れる立派な大人たぬきに育て上げる。
それは、何かを作ったり残したり出来ない親たぬきにとっては勲章のようなものだった。

それから、何度かポップしたちびたぬきを拾ったものの、
気が弱過ぎて自転車のベルに驚いて死んでしまったり、
勝手に拾った餌を食べて食中毒で死んだり、
やはり子に恵まれない日々が続いた。




やっぱり、自分にはあの子しかいない。
渡せるものはないが、きちんと話せばわかってくれるはず。
そう思って、たぬきはまた男のマンションの前に来ていた。

「わかった。返すよ」
意外にも、男の答えはあっさりとしていた。
「こっちは傷つけたりもしていない。ちゃんと返すからな。
 お前もこの子を最後まで育て切るんだぞ」
親たぬきはウン、ウンと何度も何度も頷いた。
よかった…よかったし…！
「本当に聞いてんのか？約束だからな。2度とここにも来るなよ」
やくそくし…！2度と来るわけないし…！

(以下、分岐しますし…)




「1番かしこいちび〜〜〜！会いたかったし〜〜！」
愛しの我が子を抱きしめようと、駆け寄った親子たぬきは何かにぶつかり、
ぼよん、と跳ね飛ばされ尻餅をついた。
「まま、だいじょぶし？」
「てて…ありがとだし…えッ！？」
目の前には、自分より遥かに大きなたぬきが立っていた。縦も横も、倍ぐらいの対比だ。
しかも、なんだかスゴク変な格好をしている。
「…誰し？」
「お前んとこの子」
こっちに首を傾げてくるな。


もうお別れか。名残惜しくとも何ともないが、あの日々が思い出される。
「スズキ！これおいしいし！これもおいしいし！これおいしいし〜〜〜！」ｸﾞｧﾌｸﾞｧﾌ
もぐもぐがつがつ、犬用の皿に盛られた餌を前のめりになりながら、両手で押し込んでいく。
あれだけ小さかったちびたぬきが、おもしろいぐらいに大きくなっていった。
油分多めの食事のせいか、肌はパンパンに膨らんでテカテカしている。
たぬきって食べ物で体質が変わる話、本当だったんだな。
「これも食え…これもいいぞ…」
「後でアイスも食べていいし？」
「ああ…いいぞ…スーパーカップのいいやつな…」
「ヴッフ…幸せだし…♪」


無責任にとにかく食べさせまくるのは楽しかった。
ちびたぬきは塩分過多、高カロリーな食事で身体はむくみと共に肥大化し
切り刻まれた服の代わりに、だるだるんのタンクトップと緑色の短パンを穿かされていた。
「とにかくまあ親子仲良くやれよな」
「あっ…まってし…」
無慈悲にドアが閉められ、親たぬきとちびたぬきが残される。
「まま〜〜あのスズキが、今日からはままと暮らしていいって！うれしいし！」
「ぐぇぇ…ま…ままもうれしいし…」
自分の倍以上の体積を持つちびたぬきにのしかかられ、身じろぎしかできない親たぬきは困惑した。
「お祝いのご馳走よろしくだし！」
「わかったから…とりあえずどいてし…」


「やだし！やだし！アイス食べたいし！ペヤング食べたいし！ふわっふわのオムレツ食べたいしーーー！」
食事の好みは、残飯漁りや昆虫、木の実を中心としてきた親たぬきでは賄えないものに変わり果てていました。
見たことも聞いたこともない名前をたくさん出され、親たぬきは困惑しました。
じたばたに跳ね飛ばされ、親たぬきはしたたか頭を打ちつけました。
「もう3回目のごはんの時間だし！ちゃんと、あと5回ごはん食べられるんだし！？」
「それ何し！？」
日が登って、落ちるまでに2食ありつければいい方だと思っていた親たぬきにとって、あまりに衝撃的な発言でした。


もうあのスズキを頼るわけにはいかない。ここではあまり見かけないけども、
仲間を見つけ、入れてもらえないかと親たぬきは思案しました。

「おねがいしますし…！どうか、おねがいしますし…！」
「ルールが守れるならいいし。餌集め…道具集め…見張り…ちびの世話…みんな交代でやるし」
ようやく見つけたスラムたぬき達は、最初は難色を示していたものの、親たぬきの必死さに根負けして受け入れてくれる様子を見せてくれました。
ただし。

「じゃ、じゃあウチのちび共々よろしくだし！」
親たぬきはやっと安心できる、と目尻に涙を浮かべました。
「なんだ。ちび付きかし。早く言えし」
「今日はいいサラダチキンが手に入ったし」
「新入りはとりあえず一緒にみ、ず、あ、び…？」
話が終わったのを聞いて、出てきたちびたぬきは、明らかにデカイままでした。
しかし、カロリー不足で興奮しているのかヴッフ、ヴッフと豪快な吐息を漏らしています。


「おまえ…なんだし！」
「むだにでかいし…」
「その服、ハダカよりきもちわるいし！」
ヒトの手によって突出させられてしまった個体は、同族からは明らかに異様で、群れには受け入れてもらえませんでしたとさ。

「くすん、くすん…なんでいじめられたし…」
「仕方ないし…お前は特別な子だし…」
「じゃあなんでごはんもらえないし！まま、なんとかしろし！」
「そんなこと言われてもし…」

正直、親たぬきはあんなに可愛がっていた我が子をもう1度あのスズキに売り飛ばしたいとさえ考えはじめていました。正直言って、疲れ切っていました。
「スズキとやくそくしたし…あああ、でもどうしたらいいし…」 
「まま…はやくごはんし…ごはん…」
だけど、理不尽でも約束は破ってはいけない。それは手本になるべき親として、越えてはいけない一線と決めていました。
でも、この子を育てきる自信はありません。
頭を抱え、親たぬきは身体も態度も大きくなった我が子と共に、ジタバタするしかないのでした…。

街灯の下、マンションの出入り口、公園のベンチーーー。この街には、たぬきが多過ぎた。

「あの…余ったちびを買い取ってくれませんかし？」

オワリ


(もう一つの分岐ですし…)


「1番かしこいちび〜〜〜！会いたかったし〜〜！」
愛しの我が子を抱きしめようと、飛び出した親たぬきだったが、違和感に気がつき足を止めた。
「ぷぷぷ…まま、無冠だし、ザコだし…！」
「え…」
笑いをこらえきれず、口元を抑えながらその場で地団駄を踏むようにはしゃぐちびたぬき。
「え…誰し？」
「お前んとこの子」



親と呼びながらも、こちらを馬鹿にする目の前のちびたぬきは、顔立ちや耳の形はたしかに可愛い我が子のものだ。
違うのは、皺ひとつない服の胸にはずらっと勲章が並んでいることだった。
肩にも、靴にも、つけられる限りの勲章がつけられ、
羽織ったマントにも勲章がびっしりとくくりつけてある。
グランドたぬき・コンプリートフォーム21とでも呼ぶべき風貌だった。
「なんだしなんだし、それなんだし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「勲章」

人間にとってはゴミ同然だが、野良たぬきを誘い出す罠用だったり、
飼いたぬきのご褒美などの用途で需要がありネットに出品されていた。
様々な勲章を買い集め、新しくした服につけてやった。
一生入手出来ない事もあるたぬきにとっては、どんな勲章でも嬉しいものらしい。
「ふふ…勲章はいくつあってもうれしいものだし…」
おかたづけ勲章
納豆食べられました勲章
などをつけてご満悦だ。ちなみにコイツは片付けもできないし納豆も食べられない。



『筋トレ用に買ったたぬきについてました。いらないので出品します』
『息子が戦利品と言って持って帰ってきました。気味が悪いので出品します』
『トラクターに挟まっていたので出品します』
『コンビニで買ったセルフたぬき酒セットに入ってました。多分未使用品だと思います』
なかなかクレイジーな出品が多かったので
それ目当てにフリマアプリ巡りも楽しかったな…。



「な、立派なヘイトタヌーキに育ててやったぞ」
元が賢いので、偏った知識を入れたら選民意識の塊になった。
勲章の数がたぬきの価値の全てだ。
勲章を持ってないたぬきは雑魚だ。
雑魚はご飯をもらえない。
お前は勲章があるからご飯が食べられる。
これだけの勲章があれば1匹でも生きていける。
お前は勲章に守護られている。
勲章があれば、何でもゆるされるーーー。
様々な言葉をつぶやきながら、１つ１つ勲章をつけてやった。
特に何もしていないのに、“生きてるだけでえらい！勲章”もつけてやった。
本当は地雷除去とか下水掃除に従事したたぬきだけがもらえるやつらしいが
焦げた服の破片と共に130円で出品されていたので買ってやった。



勲章をつけても動けるように、しっかり食事を摂らせ、トレーニングもしているので力もある。
本当にたぬきの中ではまぁまぁの肉体強度があるんじゃなかろうか。
たぬきにしては、だが。

「そんなにいっぱい…よかったし…ちび…」
「ぷぷっ…まま、1個も持ってないし？無冠だし…！」
子の成長を喜ぶ親たぬきだったが、
顔立ちは同じなのに表情が以前とまるで違うことに気がつく。
自分以外の全てをバカにしているような感情が滲みでている。
身体は小さくても、わたしや姉妹を気遣える
やさしくてかしこい子だったのに…。
回想に入りかける親たぬきには興味はないとちびたぬきはマントをずるずると引きずって歩き出す。


「ど、どこいくし！？」
ちびたぬきは振り向くと、うっとおしそうに、ぷいと背を向ける。
「わたしはこれから“横断歩道手をあげて渡れた勲章”を取りにいくんだし…」
もう早速死にそうで笑うわこんなん。男は笑いを堪える。
「くるまはあぶないし…！」
「さわるな…」
純粋な親心から止めるべく子の腕を掴んだ手は、すぐに振り払われる。
「ちびが頭をつぶされて、首から下だけジタバタしたあと動かなくなるのはもうみたくないし…！」
すげえ話してる！その話もっと詳しく聞きたい！と叫びたくなるのをこらえ、目の前の茶番を見守る。


「無冠のザコは引っ込んでろし…」
「まって、まってし…！」
のっしのっしと歩き始めたちびたぬきを、親たぬきが何とか止めようとついていく。
あのたぬきは、あそこまで傲慢に育った我が子と今後のたぬ生を乗りこなせるのか。多分無理だろうなぁ…。



街灯の下、マンションの出入り口、公園のベンチーーー。この街には、たぬきが多過ぎた。

「あの…余ったちびを買い取ってくれませんかし？」

オワリ
